弘樹のつぶやき
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「闘病記録NO.2]原因が分からないまま、弘樹は人工呼吸器をつけて、保育器の中で生活していました。何度も人工呼吸器を外そうと試みるものの、外すと直ぐに呼吸が出来なくなって、しんどい状態に・・・
母は産後の為入院中なので、主人が毎日弘樹の面会に行っては、報告してくれました。毎日、面会に行ってくれる主人には感謝
でも、やっぱり自分の眼で確かめたいし、弘樹に会いたい
でも、主人から鼻から管を通して母乳が与えられると聞いて、今の私が弘樹にしてあげれる事は、栄養のある母乳を届ける事だと思い、母乳を搾乳し、パックに詰めて主人に持って行ってもらいました。私も主人も毎日不安でした。このまま助かるのか?それだけが心配でした。どうなっていくんだろう・・・心のもやもやが消えません。明日は私の退院日。直ぐに、弘樹に会いにいくぞう![]()
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「闘病記録NO.3]待ちに待った私の退院。直ぐに、弘樹の入院先に直行と思っていたのですが、面会時間が決められているので、なかなか会えず・・
面会時間が待ち度惜しい・・落ち着かず、いらいら
やっと面会許可がでて、室内に入る事が許されました。でも、清潔第一なので、念入りな手洗い、消毒済みのガウンを羽織り、頭はヘアーキャップをかぶり、厳重に殺菌。やっと、二重扉の中のNICUに入る事が出来ました。主人は毎日の事なので、とても手馴れていました。焦る気持ちで弘樹を探しました。主人に教えてもらい、私の眼に飛び込んできた弘樹の姿に呆然としてしまいました
とても痛々しくて・・涙があふれて留まりませんでした。ただただ弘樹に申し訳なくて・・・
こんな辛いおもいをしなきゃならない身体に産んでしまった事に・・ごめんね、ごめんね、何度も、保育器に入り、人工呼吸器をつけてしんどそうに眼をつぶっている弘樹に謝りました。
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弘樹が誕生してから、私達家族の生活一変しました。初めての出産に戸惑い、誕生した息子には病気があり、正直落胆し、どうしたら良いのか悩みました
又、自分の責任だと自分自身を責め続けました。弘樹に申し訳なくて・・病院に面会に行って、人工呼吸器をつけて、保育器の中でしんどそうに眼をつぶっている姿をみるのは辛かったです
一日でも早く良くなってくれる事だけを祈って、主人と毎日面会に行きました。その後、検査を重ね、たくさんの病気が分かり、手術もしたものの治る術がなく、長い入院生活を覚悟せざる負えませんでした。でも、入院中は悲観的な事ばかりじゃなく、主人、看護士の方々の励まし、協力と精神的に支えて頂いたり、弘樹の懸命と生きようとする姿、たくさん学びました
私の財産
となっております。小さい身体で頑張り続けた息子のたくましさ、希望をあきらめない信念、常に前に進もうとする勇気、全て教えられました。今回、著書にしようと思ったのは、息子の頑張りを忘れたくないのと、同じ様に病気と闘っている方々に、少しでも励みになり、勇気と希望を持って、現実と向き合い、闘って欲しいと願う気持ちを込めて応援したかったからです
次は著書の紹介をさせて頂きたいと思いますので、宜しくお願いします![]()
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長くは生きられないかもと医師から宣告され、落胆した日々
でも、あきらめたくない
私達の大事な宝物
だから。どんな事をしてでも守ってあげたい。でも、何もしてあげる事が出来ない・・
もどかしく自問自答する毎日。時間だけが過ぎて行く・・弘樹と一緒に過ごせる時間が・・もったいない
一分一秒、無駄にしてはいけない
精一杯、愛そう
弘樹に楽しい時間、楽しい想いで、この世に誕生して幸せだったと思ってもらえる様に・・
誕生から始まった病気との闘い、辛い日々、泣いて明け暮れた日々・・でもその反面、弘樹から得られた事の素晴らしさ、喜び、生きている事を感じさせてくれる笑顔
全てが私の生きる力となりました。人工呼吸器が外れないと退院出来ないと聞かされた時は、弘樹とこのまま一生、一緒に暮らせないかも
と、眼の前が真っ暗になりましたが、在宅医療介護の道もあると聞いて、迷わず主治医にお願いしました
二年間の入院生活を経て、在宅医療介護に踏み切り、一緒に生活出来た時の幸せは計り知れません
入院生活で経験した事、そして、精一杯生きる事の素晴らしさ、希望を持ってあきらめずに、常に前に進もうと思う気持ち、体験を綴った一冊です
第11回日本自費出版文化賞、個人誌部門に入選しました
惜しくも賞は逃しましたが、最終選考まで残った事は、とても嬉しく、良い記念になったと思っています
上のリンク先で、著書の購入が可能ですので、良かったら覗いて見て下さいね![]()
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今朝の
地震速報に、びっくりしました
天災って、本当いつ起こるか分からないので怖いですよね
私は地震のニュースが
流れる度に、阪神・淡路大震災を思い出します。1995年の1月だったんですが、その二ヶ月前に弘樹が産まれたんです。入院先の病院で弘樹は震災を経験したのですが、病院に大きな被害はなく、弘樹は気づかずに眠っていたらしいです
人工呼吸器が必要な状態だったので、電気が止まって人工呼吸器が使えなくなってたらどうしよう・・弘樹は大丈夫だろうかと、入院先の病院に電話がつながるまで不安でした
なかなか電話がつながらずイライラ
やっとつながり、被害はなく、弘樹も無事で安定してると聞いて、ひとまず安心しましたが、顔を見るまではやっぱり心配。
で病院に向かおうとしても、道路が大渋滞で動かず、病院につくまで落ち着きませんでした。やっと到着して、弘樹の穏やかそうな顔を見て、全身の力が抜けました
自宅は電気、ガス、水道と全てストップ
だったので、弘樹が病院に入院していて良かったと思いました。あれから13年が経ちました。被災された方々は復興をめざして、がんばって来られました。形は違うものの、弘樹もこの13年間病気と闘ってがんばってきました
まだまだ、頑張り続けなければならないのですが、持ち前の明るさで乗り越えてくれると私は信じています![]()
今年の1月17日の神戸新聞で、復興と共に頑張った弘樹を、著書の紹介を兼ねて記事に取り上げて戴きました![]()
でも、その時の記事が見れますので、良かったら上のリンク先を覗いて見て下さいね![]()
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「闘病記録NO.5]
生後一ヶ月で、心臓の手術を受けてからは
ICUでの入院生活でした。こちらも面会時間が決まっていて、面会許可がでるまでは病室の中には入れませんでした。許可が出ると、念入りな手洗い、スリッパに履き替え、殺菌されたガウンを羽織って、更に消毒液を手に擦り込んでから室内に入れるのです。ICUの中は緊迫状態です。静かな室内では、モニター音だけが耳に入ってきます。その中で、弘樹も身体中にモニターをつけて、常に管理されていました。少し動いたりするとモニター音がなって、看護士さんが駆けつけてくれるので、とても安心です
毎日、弘樹の顔を見ないと心配なので
と
を乗り継いで
に通いました。片道一時間半程はかかりましたが、他県から入院されてる子供さん達もたくさんいて、週末しか会いに来れない家族の方々に比べると、とても恵まれていて感謝しなきゃと思いました
病室で弘樹の顔を見て、今日も一日を無事に過ごせて良かったと、面会時間一杯まで座って見ているだけでした。顔を見た安堵感と、でも、不安感も消せないといった毎日が続いていました![]()
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「闘病記録NO.6]心臓の手術を受けて成功したものの、人工呼吸器が外せる状態にはならず、私の不安は募る一方でした
再検査したところ、手術した場所以外にも、心臓に孔がある事が分かったのです
そして、孔のあいてる場所は手術できないと・・
更に追い討ちをかける様に、気管軟化症という気管の病気と、ルビンスタイン・タイビー症候群という染色体の異常の病気も見つかったのです
頭の中はパニック状態でした
初めて聞く病名ばかり・・それに孔を塞ぐ手術が出来ないなんて・・弘樹はどうなるんだろう・・このまま悪くなっていくのを何もしてあげれずに、だまって見ておくしかないのだろうか
でも、医師は私達に告げました。「今は体が小さくて、手術に耐えれる体力がないので、手術をすると、かなり危険なリスクを背負ってしまう。体力がついてくると、手術も可能になるので、成長を待ちましょう」と、おっしゃいました。そして、大体、体重が10kgになると大丈夫だろうと教えられ、私達は少し希望の光
が見えた様な気がしました。が、(10kgかぁ、まだまだ程遠い・・それまで弘樹は生きてられるのだろうか・・)心の中は、不安で不安で泣き叫んでいま
した![]()
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「闘病記録NO.7]
弘樹は、何も手付かずのまま、、人工呼吸器をつけてICUでの生活が続いていました。幸い、人工呼吸器をつけていると、今すぐ命に別状はなく、比較的安定していて、穏やかに過ごしていました
心臓は今の所、なす術がないので保留状態ですが、気管軟化症の症状が少しでも良くなっているか、再検査しました。結果は変わらずでした
少しでも良い方向に向かっていて欲しかったですし、気管軟化症が改善されれば、人工呼吸器も外せる可能性があると聞いていたので、正直がっかりでした
その時に、主治医から気管切開の提案をされました。文字通り、喉の一部を切開し、呼吸の確保をするために、カニューレという器具を切開した部分に挿入し、そこから人工呼吸器をつないで、呼吸の確保をする方法でした。確かに、鼻から人工呼吸器をつながれていると、眼の前の視界が悪く、固定する為のテープで肌が荒れていて、身動きも取れず寝たきりの状態でした
それに、痰の吸引をするのも鼻からだと負担が大きく、いつも苦しそうで、見ているのが辛かったのです
でも、気管切開をすると、眼の前に遮る物がなくなるので、視野も広がり、体も動きやすくなるだろうし、何より、痰の吸引をされる負担が楽になると教えられました
このまま長期で人工呼吸器が外せないのなら、上手に付き合っていくしかありません
少しでも弘樹にとって楽になるのだったら・・と思い、気管切開を受ける手術をうけました。生後、半年の事です。
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「闘病記録NO.8]気管切開の手術は、簡単に済みました
私達は、実に半年振りに、何も付けていない弘樹の顔を見る事が出来ました
(こんな顔だったんだ)と、しげしげと見つめてしまいました。そして嬉しい事に、日に日に表情が豊かになってきたのです
視野が広がって
をパッチリ開ける様になり、笑顔( ^ω^ )が出てきたのです
嬉しい
体も今までは、仰向けの姿勢しか出来なかったのが、自由になったので、少し横を向いたり、誰かいないか確かめるのに首を軽く動かしたりと、想像以上に良い結果でした
毎日面会に行き、横で話しかけたり、抱っこさせてもらったりしていると、弘樹も私の顔をジッと見るようになり、面会に行くと、笑顔で![]()
を軽くバタバタさせて「待ってたよ
」と、全身を使って表現してくれる様になってきたのです
気管切開を選択して間違いじゃなかったんだと確信しました。そして、私達の決断に答えようと頑張ってくれている弘樹に、改めて、どんな事でも最善を尽くせるように努力しなければと心に決めました

抱っこした時に私に見せてくれた
最高の笑顔です![]()
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「闘病記録NO.9]面会に行く度に、満面の笑顔で迎えてくれる様になって、とっても嬉しい
体も自由が利くようになってきたので、横向きの練習をしたり、座位の体制を取ってみたりと、少しづつですが、行動範囲が広がってきました
何より、私や主人は特別な人
と、感じてくれているみたいで、側に居ると表情が穏やかで、安心している様な気がします
私も弘樹の為に何かしてあげたい
オムツの交換や顔を拭いたり、入浴の手伝いなんかをさせてもらっていました。でも、もっと弘樹の世話をしたい
看護士さんにお願いしてみました。「何かもっと私に出来る事はないでしょうか?」と・・すると、看護士さんは「ママにしてもらうのが、一番嬉しいよね」と言って下さって、比較的簡単な、鼻から胃に通している管からの、胃にたまった空気を注射器で抜く方法や、胃にきちんと管が納まっているか確かめる方法を手始めに教えてもらい、毎日練習を重ねました。弘樹も練習中は私の顔をジッと見て(ママ、上手)と、応援してくれている様でした![]()
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